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トランペットで昭和歌謡シリーズ  山口百恵『コスモス』

楽譜ID : 26606
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その他
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 「秋桜」(コスモス)は、1977年10月1日にリリースされた山口百恵の楽曲で、19枚目のシングルでした。「日本の歌百選」にも選ばれています。

 リリースの約半年後、作者であるさだまさし自身がアルバム『私花集』(1978年3月25日リリース)でセルフカバーしました。

 オリジナルは山口盤ではありますが、山口は1980年に引退したため、以降本作はもっぱらさだによって歌われています。

 また中森明菜や福山雅治、平原綾香などポップス・演歌・クラシック等のジャンルを問わず数多くの歌手によりカバーされています。

 1977年当時、山口百恵は阿木燿子・宇崎竜童によるいわゆるツッパリ路線の楽曲で売り出していたため、本作をリリースした際には山口に対し「なぜさだの曲を歌うのか」という疑問の声が多くありました。

 また、さだファンからも「なぜ山口の歌を作るのか」という反響もあったといいます。さだは、山口には日本的な女性らしい面があるのではないかと考え、あえてそれまでのイメージを一変させるような曲作りを行ったといいます。

 提供曲のレコーディングには立ち会うことを常としているが、本作のレコーディングの際にはさだはスタジオに立ち会わなかったそうです。さだが電話で「(結婚をテーマにした作品であるため)まだピンと来ないでしょう?」と尋ねたが、そのとき当時18歳だった山口は「はい」と正直に答えている。しかしその後、結婚を期に引退するラスト・コンサートの日(1980年10月5日)に「この歌の意味がようやく分かりました」というメッセージをさだに送っているということです。

 さだは、山口百恵側からの制作依頼を受けてから督促が来るまで2年間、依頼の事実を忘れていたと言い、その後半年かけて完成したと語っています。

作品は山口のファルセットを発揮するために高音域を選んだ曲作りがなされています。ただし、歌番組での山口はオリジナル・キーのヘ短調よりも短三度落とし、変ホ短調で歌唱することが多かったのです。

 本作は元は「小春日和」というタイトルでしたが、曲を聴いたプロデューサー(CBSソニーの酒井政利)の提案で「秋桜」に変更となりました。当初、さだはタイトルの「秋桜」を、「コスモス」と読ませるつもりはなく、本来の和名である「あきざくら」とするつもりでした(さだは後に短編小説集『解夏』中に「秋桜(あきざくら)」という作品を出す)。本作のヒットにより「コスモス」というそれまでになかった読み方が広まるようになりました。

 嫁ぐ娘が母を想う楽曲であり、後に同じシチュエーションを母親の視点から歌った作品「秋の虹」(『家族の肖像』に収録)が制作されています。

 


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