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トランペットで昭和歌謡シリーズ 『スーダラ節』植木等
他の楽器・編成があります:メロディ
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(スーダラぶし)は日本の昭和期の代表的な流行歌です。ハナ肇とクレージーキャッツ、とりわけ植木等が爆発的な人気を得るきっかけを作った曲で、作詞は青島幸男、作曲は萩原哲晶によるものです。レコードは1961年8月20日、東芝音楽工業(現:ユニバーサル ミュージック合同会社)から発売されました。累計売上は80万枚。

 それまでのレコード制作はレコード会社主導でしたが、このレコードの原盤は渡辺プロダクションが制作し、東芝音楽工業は販売のみ担当しました。芸能プロが初めてマスターテープを制作したレコードでもあります。

 元々は「こりゃシャクだった」のB面を埋めるために作られた曲でしたが、こちらのほうがヒットしてしまい、後にA面とB面が入れ替えられています。シングル盤のジャケット写真には、当時病気療養中であった石橋エータロー以外の6人が写っています。このジャケットのデザインは1986年の「実年行進曲/新五万節」にも引用され、クレージーのメンバーがオリジナルと同じポーズをとっています。

 作曲者の萩原はステージでの植木のキャラクターにあった曲作りのために、まず植木の口癖でもあった「スイスイスーダララッタ~」のフレーズをメロディーにして、植木の承諾を取りつつ、残りの部分を作ったということです。

 しかし、非常に生真面目な性格の植木は青島が書いた歌詞を見て、歌うことを躊躇したそうだが、浄土真宗の僧侶である父の植木徹誠から「『わかっちゃいるけどやめられない』は人間の矛盾をついた真理で、親鸞の教えに通じる」「必ずヒットするぞ」と励まされたそうです。

 父の言う通り、発売されるや否や「スーダラ節」は大ヒットを記録した(小林信彦は「なぜか名古屋から火がついた」と述べています)。しかし植木自身は「こんな歌がヒットするようでは悲しいなぁ」「冗談じゃない」「こんなのがヒットするってことは、俺が考えてる日本と本物の日本は違うものなのか」と思い悩んでいたと言う。

 また、大ヒットを受け、1962年には大映(現・角川映画)で『スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられねえ』が製作されています。

1990年、この歌をメインとした、植木等およびクレージーキャッツのヒットメドレー「スーダラ伝説」(編曲:宮川泰)が植木の歌唱で発売され、オリコンチャート最高10位を記録するヒットとなる。植木は歌手としても23年ぶりに紅白歌合戦出場を果たし、『第41回NHK紅白歌合戦』歌手別視聴率で男女1位となる56.6%(ビデオリサーチ・関東地区調べ)を記録しました。


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