
「長崎は今日も雨だった」(ながさきはきょうもあめだった)は、1969年(昭和44年)2月1日に発売された内山田洋とクール・ファイブのメジャーデビュー曲にして、最大のヒット曲。グループ脱退後、ソロ活動中の前川清の代表曲でもあります。永田貴子(ながた たかし、吉田孝穂の筆名)作詞、彩木雅夫作曲、森岡賢一郎編曲。
内山田洋とクール・ファイブが全国区になる前に、テレビでは中井昭・高橋勝とコロラティーノで、「思案橋ブルース」がヒットしていました。その独特な男性リードボーカルがかなり印象的でした。
その1年後、クールファイブのこの曲がヒットするわけですが、この両グループは発祥を一にするグループでした。いずれも長崎市内のキャバレーの専属歌手であり、内山田洋とクール・ファイブは『銀馬車』で、もう一方が『十二番館』というところでした。
リードボーカルの前川清はもともとは、1968年、佐世保のナイトクラブ歌手として活躍していましたが、そこからの抜擢でした。
メジャーデビューに際しては、違う曲を当てていましたが、うまくいかず、『銀馬車』の音楽監督だった吉田が自ら急造した詞を、当時北海道放送でディレクターを務めていた彩木に手渡して「長崎は今日も雨だった」が完成しました。
発売約4ヶ月後にオリコンBEST10入りしましたが、森進一の「港町ブルース」(年間第2位)や、森山良子の「禁じられた恋」(年間第6位)に阻まれて2位止まりとなりますが、年間売上第8位のロングセラーになり累計売上は約150万枚に達するミリオンセラーになりました。
ちなみに長崎市の降水日は全国平均に比べて若干(7日)多いぐらいだそうです。
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