
今は昔の話になりつつありますが、本州と北海道をつなぐ唯一の手段である津軽海峡、そんな場所と、個人のいろいろな思惑などが渦巻く心理状況を「津軽海峡・冬景色」(つがるかいきょう・ふゆげしき)という曲の中に閉じ込めています。
作詞は、当時この世の春を謳歌した阿久悠でした。作曲は三木たかしで、編曲も手掛けていました。つまり、それ程力が入っていた曲なのかもしれません。そうして生まれた歌謡曲をそれまで、アイドル路線なのか、演歌歌手に行くのか傍から見てわからないような、ベビーフェイスで歌い上げたのが、石川さゆりでした。
この楽曲は石川15作目のシングルとして、1977年(昭和52年)1月1日に日本コロムビアより発売されます。当曲の大ヒットにより、石川は同年末の第19回日本レコード大賞・歌唱賞、第6回FNS歌謡祭グランプリ・最優秀歌唱賞などの音楽賞を獲得しました。
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