レイモンド・ルーウェンサール(1923-1988)はアメリカ生まれのピアニストで、シャルル=ヴァランタン・アルカンの作品再評価に貢献したことで知られる。1948年、ミトロプーロスが指揮するフィラデルフィア・オーケストラとの共演で華々しくデビューするが、1953年にニューヨーク・セントラルパークで暴漢に襲われ負傷し、1962年までの間、公の舞台からは離れてしまう。アメリカの小さな独立系レーベル、ウェストミンスターへの録音を行ったのはこの隠遁していた時期に当たる。このレーベルからアルバムを出したエゴン・ペトリ、クララ・ハスキル、パウル・バドゥラ=スコダらと同様に、ルーウェンサールも当時滞在していたヨーロッパで録音を行ったと思われる。
グリーンスリーブスはイギリス民謡として現代でもよく知られているが、著名な作曲家たちもこのメロディーに魅せられて作品に援用している。ブゾーニ(エレジー4番「トゥーランドットの居間」)、ヴォーン=ウィリアムズ(オペラ「恋するサー・ジョン」の間奏曲と、そこから発展して作曲された「グリーンスリーブスによる幻想曲」)、ホルスト(「軍楽隊のための組曲 第2番」)などが知られている。ルーウェンサールのアレンジは、原曲の持つメランコリックさよりは陰鬱さを感じさせるものだが、これはアルバムタイトルの「Moonlight and Keyboard」というテーマに沿ったものだろう。このアルバムには他にドビュッシーやベートーヴェン、サン=サーンス(ゴドフスキー編)などの作品が収録されている。黒衣をまとったメフィストフェレス的なヴィルトゥオーゾのイメージで後に知られるようになるルーウェンサールだが、彼の黒好みがすでにこの時に出ているのが面白い。ウェストミンスターは短命に終わったレーベルだが、現在そのカタログはドイツグラモフォンが取得しており、このグリーンスリーブスのアレンジはボックスセット「The Liszt Legacy」に収録されている。この印象深い箱の表紙は、ルーウェンサールがウェストミンスターに残した「Toccatas for piano」のものだ。
9年の活動停止の間、ルーウェンサールはエルヴィン・ニレジハージ(1903-1987)を通してアルカンの音楽へ傾倒していく。このハンガリー生まれのピアニスト、ニレジハージは、史上初めて学問的に研究された天才児として知られる。この隠遁期間——アルカンとニレジハージの人生の大半を占めたものでもある——が、ルーウェンサールの謎めいたヴィルトゥオーゾ神話を作り上げる一因となったと言っても過言ではないだろう。