本曲は蒔田尚昊がエリザベト短期大学作曲科を卒業し、同校作曲科助手に就任する時期にあたる1955年に作曲され、学内の演奏会で作曲者自身によって初演された。蒔田のソロ・ピアノのための作品は、日本と中国国歌の変奏曲(君が代パラフレーズ、チャイニーズ・ラプソディ)や、冬木透名義による映像音楽を除いては、本曲が唯一のものとなっている。
作者自身の言によれば、ラヴェルに耽溺していた時期の作品とのこと。
本曲は3楽章から成る。第1楽章アレグレット・グラツィオーソはソナタ形式により、印象派を思わせる浮遊感ある主題が端正に綴られる。展開部で聞かれる主題がジャポニスムならぬ日本風な音階感を伴っているのは面白い。第2楽章アレグロ・モデラート。水面に揺れる蓮の葉を想起させる軽やかな楽章。導入部の「シレド」の響きが、さながら遊び唄の呼びかけにも聞こえる。第3楽章ヴィヴァーチェ。日本庭園の池に降る雨が形づくる波紋のように、細やかなパッセージがミニマル音楽風に展開していって曲は閉じられる。
近年では、桐朋女子高等学校で蒔田のクラスに在籍していた第21期の同級生有志による「桐柊会」が、2007年から5回にわたって開催した演奏会「蒔田尚昊と冬木透の宇宙」シリーズの第1回で取り上げられた。ピアノは中村万里子により、初演時に用いられた手書きの初稿による演奏であった。
蒔田が国立音楽大学作曲科へ編入学した時期に重なる1957年に改訂が施されており、今回の出版譜も改訂稿による。演奏時間は約9分。
(早川 優)